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2019.10.29

小学校の懇談

10月、うちの小学校は個人懇談の季節です。
今年は1年生と5年生と6年生と支援学級と
4クラスを回ります。

4クラスも?
いえいえ、まだ序の口です。

子だくさんのわが家、
過去、一番すごかった年には
1年生、2年生、4年生、5年生、6年生、
計5人が在籍していました。

1クラスせいぜい10~15分の個人懇談ですが
合計5学年、5クラスの懇談を
一気に回るのはけっこうたいへんでした。

子どもにはそれぞれ個性があり、
担任の先生のタイプ、空気感もそれぞれです。

ある先生は
子どものいいところをたくさん褒めてくれる
15分に徹するけど、

ある先生は子どものできないこと、苦手なことを
ひたすら指摘することがメインの15分。

この先生にはノーテンキに笑って話せるけど、
あの先生には神妙な顔での
真面目な話しか通用しないなどなど

いろいろあるんです。(^◇^;)

親は、クラスによって、
子どもによって(先生によって)
身構えたり力を抜いたり、
話すテンションも変えていかなければなりません。

15分ごとに頭を切り替えて
懇談に臨むスキルが求められます。

現在小学生のわたしの子どもたちは
世間一般的な「できる子」ではありません。(笑)

1年生は
学習面でも交友面でも生活面でも
とくに気になることはないですが
(まだ1年生だしねー)

5年生は
発達障害があるので
定型発達の子の「できること」を基準にすれば
「できないことだらけ」「問題だらけ」
改善すべき課題だらけです。^ ^

少しでも定型発達の子と同じように
学校生活を送れるようにと
必死になるのかな・・・普通。(^◇^;)

6年生は
算数だけが極端に
スーパースペシャルデラックス苦手です(ママ似)。
これはなんとかしなければと
親は焦るのかな・・・普通。(^◇^;)

昔(子ども4人目ぐらいまで)
懇談会ってあまり好きではありませんでした。

何を指摘されても
動じない強いママを演じていたけど
実はとても不安だったわたしです。

子どもの素行、所作は
イコール、ママとしてのわたしの評価でもある。
つまり、自分が世間にどう見られているのかが
不安だったんですね。

社会に認められたいという
目先のつまらない承認欲の結果、
子どもの「苦手」な一面の指摘が
わたしの狭い心に刺さって
子どもに「劣」のレッテルを貼る薄っぺらいママでした、

月日は流れ、第9子が就学して
小学生子育て歴も長くなり、
今はそういう話を先生から聞かされても
ヘラヘラとユルいわたし・・・
緊迫感はどこに行っちゃったんでしょうか。(笑)

今年はいい先生たちに恵まれて
どの学年も「できないこと」にフォーカスした
話をされることはありませんでした。

6年生、実際、算数はだいぶ苦手だけど、
絵を描かせるとズバ抜けて才能を発揮します。
低学年をまとめる司会力も天下一品。

先生は、算数以外の彼女が持っている
特別に輝くすばらしい宝の芽を
摘んでしまうことがないように

あえて「できること」「得意なこと」を積極的に
認め、ほめるようにしていると
話してくださいました。

算数、苦手でも
これからはAIの時代だし。
電卓が打てれば生きていけるしね〜。
それより彼女の好きなこと、もっと伸ばしていくほうに
注力したいわー。

支援学級の懇談は、
もはや子どもの話を通り越して
プライベートで思春期育児に苦労されている支援の先生と
深い子育て談義に花が咲きます。

お互いの人生のあり方にまで話題が波及。
心温かくなる貴重な時間となりました。
(2時間も喋ってしもた!)

先生の人柄や価値観によって
同じ子どもであっても捉えられ方が全然
違います。

よいことも悪いことも
先生の立場から伝えてくださいますが
ママとしては褒められたら嬉しいけど
指摘が多いとやっぱりへこみます。

悪いことばかり言われたら・・・
子育てしている自分に自信を失います。

過去、わたしは先生から

「家庭でもっと子どもさんに向き合える時間が
とれるといいのですが・・・
お子さんが引っ込み思案なのは
愛情不足かもしれません」

と言われたことがあります。

先生に悪気はなかったと思うんですよ。
でも傷つきました。
一生懸命やってるつもりだったから。

子だくさんは悪なんだろうか・・・
生き方自体を否定されたように感じました。

ひとりの子に
100%の全身全霊を傾けるなんてできません。

他の子たちのことも
してやらないといけない。
フルタイムで仕事をこなしながら
家事もしなくちゃいけない。

ママが子どものことだけにいっぱいいっぱいになって
心のゆとりがなくなれば
思考はネガティブループになり、
前向きな子育てなんてできなくなります。
それは、家族みんなの笑顔を奪う大きな理由になります。

だから、
子どもの幸せを願うなら、
まずはママの心身が健康でなければなりません。

自分のために。自分を優先する時間が
子育てには絶対に必要なんです。

わたしは完璧な人間じゃありません。
不十分なキャパシティーの中、
わたしなりの精一杯で毎日を生きています。

過去の懇談会で
「愛情不足」を匂わす先生の発言は、

「自分のための人生を後回しにしても
子どものために時間と労力のすべてをかけて
動くのがお母さんでしょ?」

「あなたの努力は足りない」

ママ失格だと言われたように感じ、
あれから10年以上経過しても
いまだに根に持って(しつこい)覚えているぐらい、
わたしの人生に影響した一コマでした。

ママの不足しているところにフォーカスして
「そんなんじゃあかんよ」「もっとがんばらないと」
と言われているわけですよね。

あれも、これも、ママのせい。
子どものできないことの数々は
家庭での関わりが足りないからだと
やんわり指摘される・・・

要領は悪くても、
ママ本人は毎日必死だから、
力不足の自分を責めてしまうことでしょう。

子育てサイトをのぞいてみても
子ども特有の問題行動は
ママの関わり方によって改善されることがある
と書いてあります。

わたしはだめな人間なんだ。
もしかしたらアホなんかな。
しっかりしなさいって怒られてばっかり。
わたしは親になる資格はないのかな。
そもそも必要ない人間なのかもしれない。

そんなふうに思えてきます。

わたしたちには感情があります。
何かに熱中しているときや
感情が高まっているときは
なんでもできるし、楽しいですよね。

逆に、ヘコんでいるとき、
落ち込んでいるときには
何もする気になりません。

そしてそういうときに無理して何かを
しようとしても
どれもこれもうまくいかないということがあります。

指摘されたり、注意されたり、怒られ続けると
慢性的にそんな状態になるんです。

どうせわたしなんて・・・
ママは、自分の余力を超えて
むりやりよいママを演じるために
強制的に自分の心に蓋をします。

わざと自分を縛り付け、規制をかけようとします。

するとどうでしょう?
心も体もボロボロ。
そして、子どもたちは、
ママのそんな状態を見て、不安定な気持ちになり、
問題行動はさらにエスカレート。

そう、すべて逆効果なんですよね。

人間は、人に思われているような行動をする
生きものだそうです。

例えば子ども。
「この子は落ち着きがない」
「何度言ってもわからない」と
言い続けて育てていると

いつまで経っても改善されないし、
何度言っても同じことを繰り返すようになります。

「どうせ自分はこの程度の人間だから・・・」

自暴自棄になって
前向きなチャレンジをしなくなってしまうんですね。

だから、ママは(先生は)子どものことを
他の子と比較して優劣をつけちゃ
ダメなんですよ。

「この子は他の子より劣った子だ」と
周囲の大人が思った時点で、
その子は伸びるものも伸びなくなってしまうと
思います。

わたしたちは、「ダメなやつ」と思われている人の前では
その人が思っているような「ダメなやつ」として行動し、
「素敵な人」と思ってくれる人の前では
素敵さをしっかり出していけるのだそうです。

みんな、絶対にいいところがあります。
子どもも、ママも、みんな!!

こんなこともできる。
あんなこともできる。

あなたも、子どもたちも、そしてわたしだって
素晴らしい人間なんだよ、ってことを
実感していかなくちゃいけません。

だから積極的に相手のいいところを探し
認める。褒める。包む。

そうすれば、
それぞれが持っている才覚は
自然に発揮されるようになると思います!

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