キャベツに飽きる
おととい、日曜日。
畑の春野菜をすべて収穫し、
夏野菜の苗の植え付けをしました。
枝豆、ブロッコリー、なす、トマト、ミニトマト、きゅうり、
ズッキーニ、ピーマン、パプリカ、ししとう、サニーレタス
青ネギ、イタリアンパセリ、セロリ、青じそ
早朝から夕方まで
春のうららかな日差しを浴びながら・・・
と思ったら、けっこう暑くて
日焼けしてしまいました(^^;;
真っ青な広い空と、青々と若い草花の香り、
アンニュイな春風に
身を委ねながら過ごす畑の1日は、
わたしにとっては最高の癒しです。
耕しません。
農薬入れません。
肥料さえも与えません。
栄養源は、
太陽の光と、土と、土の中に住んでいる微生物と、
刈った雑草たちと、水だけの、
自然農法のわが家の野菜たちは、
慣行農業の野菜に比べれば小ぶりで
育つのにも時間がかかるけど
濃度が濃くてめっちゃ美味しいんです!
冬野菜はすべてが
同じスピードで育つため収穫時期も同じで、
時期をずらして採ることができませんが、
夏野菜は、収穫しても、収穫しても、
時間差でどんどん実ってくれるところが
ポイント高しです。
時間差収穫が可能な夏野菜!
ばぶばぶ野菜のおすそ分けシーズンは
もうすぐです。
楽しみに待っていてください。
そんなわたしの自宅の冷蔵庫の中には
現在、冬春野菜のキャベツがたくさんあって、
毎日キャベツ祭り。
とうとう、
17歳と16歳に言われちゃいました。
「も〜〜〜〜キャベツばっかりやん!」
料理は好きなので
レパートリーに困ることはなく、
キャベツはさまざまな料理に変身し、
同じ献立になることはないのですが
そうか〜・・・
子どもたちがキャベツに飽きるってことは
変わり映えしない料理だってこと。
まだまだアイデアも腕が足りないか・・・。
人間は、同じものに
『飽きる』生きものなんだそうです。
わたしたちは、他の生きものと違って
いろんなことができますね。
寒い場所、熱帯、砂漠、都市、
どんな場所でも適応して
生きていくことができ、
住環境ひとつみても幅広く、多様です。
考えていることも、多様。
意見が他人とすべて合うなんてことはないし、
好きなものも、好きな場所も、
みんな違います。
食べ物もそうです。
こんなになんでも食べるのは人間だけです。
雑食性の動物だから
肉も野菜や果物も食べます。
雑食性だからこそ
肉ばかり食べていたり、
野菜ばかり食べていたりすると、
そのうち栄養のバランスが崩れてきます。
そこで「飽き」が来る
仕組みが役に立つのだそうです。
肉ばかり食べていると、
野菜が食べたくなる。
野菜ばかり食べていると、
肉が食べたくなる。
塩辛いものばかり食べていると、
甘いものが食べたくなる。
こってり洋食ばかりを食べていると、
あっさり和食を食べたくなる。
同じような味を食べ続けていると
その刺激に対する喜びが薄れて
「飽きる」という仕組みによって、
他のものを食べたくなって
栄養摂取のバランスを整えてくれます。
同じ味への「飽き」とは、
進化の歴史の中で培われてきた、
栄養バランスの自動調整システムなのですね。
1種類だけ・・・
例えば、青虫みたいに、
キャベツだけを食べる生きものだったら
キャベツから摂取できる栄養だけで
体を維持できる構造になっているはずだから
多様性は生み出されません。
わたしたちに備わっている「味覚」は、
栄養を積極的に摂取するために存在します。
腐ったものなど
危険な食べ物を体内に取り込まないようにするための
センサーとしての機能も備えています。
「おいしい」という快感を得られるからこそ、
動物は積極的に『食べる』という行動を
起こせるのですね。
同じものばかり食べていないで、
いろんな食材にチャレンジしたいという人間の特性、
この素晴らしき多様性こそが
わが家の子どもたちの
『キャベツに飽きる』を生み出してしまったという神秘が
考察できたところで
改めて冷蔵庫の中をチェックしてみたところ
残念ながらキャベツ祭りは
もうしばらく続きそうです。
志向をこらして
斬新なキャベツ料理をがんばらなくては!
〜おまけ〜
そういや、絵本の『はらぺこあおむし』は
あおむしのくせに
りんごやら、いちごやら、アイスクリームやら
あげくはペロペロキャンディーまで
多様なものを食べてたなぁ・・・