なんのために母乳続けてるの?
ときどき乳腺炎になってばぶばぶに駆け込んでくるKさん、 先日、こともあろうか 休診日におっぱいトラブルになってしまいました!
ばぶばぶが開く明日まで待とうか・・・?
いや、待てない!
そこで近くの病院の母乳外来で診てもらいました。
6ヶ月間の授乳生活で
3回目の乳腺炎。
彼女のおっぱいを見て、
助産師は言いました。
「こんなにトラブルを起こすのに、
母乳続けてる意味って何?」
・・・母乳育児を続ける理由?
改めて意味を問われて
Kさんは、即答することができませんでした。
「よく出るから」
「楽だから」
「飲ませているとき幸せだから」
このように、トラブルを経験することなく
単純に幸せな母乳育児をされている
ママもいらっしゃるでしょう。
では、
トラブル頻発のママはどうでしょう?
こんなになってまで、
あなたはどうして
母乳育児をがんばっておられるのですか?
考えはじめると
自分勝手なエゴのような
無意味に執着しているだけの気がしてきて
Kさんはなんだか無性に悲しい気持ちになってきました。
もちろん、
生理的な母乳のメリットは
数えきれないぐらいあります。
神秘的で素晴らしい生命活動のメカニズムが
たくさんあります。
ですが、彼女が赤ちゃんに
母乳を飲ませたい理由は
どうも、そういう難しい話ではないようです。
なんで?
→飲ませたいから。
「でも、これって
答えになってないですよね・・・
ほんま私、なんで母乳続けてるんやろ。
わからんようになってきた」
後日、ばぶばぶで
彼女はため息交じりにそう話してくれたのでした。
わたしの個人的な意見ですが、
母乳育児を続ける理由なんか
よくわからなくていいんじゃないかと
思うんです。
「したいからする」
ただそれだけですよね。
なんてシンプルなんでしょう!
母乳のメリットなんか、
所詮、後づけやな~と、
多くのママたちを見てて思います。
なんだかよくわからんけど、
やりたいと思うから母乳育児続けてる。
なんのためにしているという理屈を超えて、
難しく考えようが、
気楽にとらえようが、
自分を変えようが、環境を変えようが、
やめられないからやるのですよね。
でもときどき、
母乳育児を続ける気力を失う日があっても当然。
かといって、
ほんまにやめてしまう勇気もなくて当たり前。
ええねん、それで。
あなたの感性と想いの赴くままに
母乳育児を続けていけばいいのです。
トラブルが起きようと、
平和であろうと、
正しさなんか測れません。
だからこそ、母乳育児
いえ、子育てそのものは表裏であると思います。
思うように子育てしたい気持ちを大切にしながら
理屈通りにいかない自然のうねりに
身をまかせるだけでいいんじゃないかな。
母乳で育てても
ミルクで育てても
どっちも容易ではありません。
どちらにも敗北感を味わう日があるかもしれないけど、
それでもがむしゃらに、
どちらかに没頭して、ふと余裕ができたときにはじめて、
母乳やミルクという
育児方法が勝敗を評価するようなことではないことや、
やっていく方法への意味なんか
考える必要がないことを知るのかもしれません。
子育ては
意味という理屈でまとめられるほど
規格通りのものではありません。
スケールが大きくて、
そんな簡単に語り納められるようなものでも
ないでしょう。
母乳育児を続ける意味も
意味を超えた解り得ないものだとわかったところで
さて、どんな心意気で
続けていけばよいか・・・?
もしかしたら、
意味がないのをありのままに感じる母乳育児が
一番いいのではないか、と思います。
それが、母乳育児の意味を問う
心のゴールかな。
なぜ子を産み育てるのか。
地球・自然がそうさせるからです。
極論、なんで生きてるの?
に通じる話かとも思います。
生きていることの雄大さは、
意味という言葉を超越しています。
生きている壮大さは、意味ではとらえることはできません。
同じように、
母乳育児も、
「母乳育児を続けることの意味はない」のではなく、
「母乳育児を続けることは意味ではない」
そんなふうに考えてみては
どうでしょうか?